自分の為にした事は、結局誰かの為になってる話をしましま。

頑張らないブログ

近年の社会。

特に僕らが暮らしている日本では、

誰かの為になる事をしなさい」という風潮が根強く浸透しているように思える。

この考え方自体は、とても素晴らしいことだ。

・誰かを幸せにしたり

・誰かを豊かにしたり

・誰かを喜ばせたり

・誰かを笑わせたり、泣かせたり。

人の為にする事は、自分も気分が良いし。もちろんお金だってついてくる。

まぁ、ある一定数の人たちはそれを「偽善」と呼ぶけれど。

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僕は「偽善」だとしても結局は「

良い事は良い。と思っている。

だから「誰かの為になる事をする」のは間違っていないと思っている。

ただ。

素直すぎるが故に、この言葉を信じすぎるのも良くない。

誰かの為になる事をする」のは

一方では、間違いのない言葉だが

一方では、自らの行動範囲を狭める悪魔の言葉だ。

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「根強く・深く」浸透しているこの言葉によって

少なくない人たちは

自分のやりたい事だけしたらいけない

という一種の洗脳状態に陥っているはず。

(特に今はコロナの影響で洗脳しやすい環境が整ってるしね。)

これはあくまで僕自身の考えだけど。

***

ただ僕は

約24年という短い人生で

自分の為にした事=誰かの為になる事

というのをつくづく思わされている。

例えば小学生から10年続けてきた野球。

ただ野球が好きで。ただ自分の為にやっていた野球だ。

両親に「たくさん良い思い出をありがとう」と言われ

全く知らない人に「感動したよありがとう」と言われ。

例えば大学から始めたダンス。

自分が勝手に興味を持って、勝手に始めたダンスだ。

色々な人の「刺激と活力」になり

時には音楽をかけてくれるDJが「喜んで」くれたり。

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もちろん、それよりも多く自分の為になる物を貰っていきたけど。

これには理由があるとも思ってて。

「自分の為になるような影響を与えられた人」

「よく人から良い影響を受けやすい人」

こういう人たちが自分の為にする事は、

無意識に貰った物を返すようになる

というものだ。根拠はない。感覚がそう言ってる。

数年前。

僕が信頼してる先輩であり、友達でもある人に

「他人に影響を与えられる人は、他人から影響を受けやすい人で。影響を受けたことが無いと、与えられないよ。与えられる人もおるけど。」

曖昧な記憶から引き出した言葉なので間違ってるかも知れんわ。

という風に言われたことがあって。

今回は「影響」を「人の為」に置き換えたというわけなんですわ。

***

まぁコレは、結構真理だと思ってるんだよお。

みんながどう捉えるかは別としてね。

要するに

自分がやりたい事やったら誰かの為になる」からやったら良いやんって事でして。

やってみてから「ならんやないかい!」ってなるか。

「本当になったやんかい!」ってなるか。確かめて欲しい訳ですよ。

このしょーもないブログだって、誰かの為になってるし。知らんけど。

久しぶりに真面目に書いてしまった。

最後にてきとーに書いたのバレなきゃ良いな。

おしり。

5月のカレンダーに使ってね。

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