古い常識に囚われ過ぎている人たちと私。

どうも。いつもお世話になっております。べたです。

昨日の物語風の投稿が、意外に反響がよかったので今日もその感じで書いていきたいと思います!

自分で書いていても、ちょっと面白かったし。。。

今日のお話は

「 古い常識に囚われ過ぎている人たちと私。」です。

そもそも常識とか個人の考えにすぎないんですけどね。。

それでは、始まり始まり。

目次
  1. 白い目。
  2. それは自分が大事だから。
  3. 時代は変わる。常識も変わる。
  4. 終わらない物語。
1.白い目。

その日私は、いつもと変わらない生活を送っていた。            

いつもと変わらない朝。いつもと変わらない通勤。いつもと変わらない業務。     そして迎えた。いつもと変わらない退勤の時間を。

お疲れさまでした!お先に失礼します!

今日も一日の仕事が終わった。最高だ。定時上がりが私を歓迎している。

入社して2か月。給料は低いが、自分のしたいように出来るこの仕事は嫌いではない。

通勤用の服に袖を通し、リュックを背負う。その時だった。

冷たくて真っ白な。真冬の雪のように綺麗な見た目をした汚いものが、私の視界に飛び込んできた。

だけどもそれは 何も言わず。 なので私も 何も言わず。

誰かが、「人は目を見れば大体のことはわかる」と言っていたがそんな気がした。

2.それは自分が大事だから。

私たち人間には、親がいる。

勿論、その親にも親がいて、その親にもだ。

小さい頃、何をするにも親が教えてくれていた。

言葉・しぐさ・表情。他にもたくさんのことを教えてくれた。

そして、それが正しいのかなど考えたことも無かった。私はあったけどね。

その親が社会を作ってきて私たちがいるのだ。                   

それに何も思わないで生きている人を、私は『Zさん』と呼んでいる。 

私がその日出会ったZさんは、その白い目でこう語りかけてきていた。

あなたは何故、先輩や上司が残業しているのに、のうのうと帰ろうとしているの?ありえないでしょう。終わってる。なんていやな子なのかしら。

あぁ。なんて日だ。家に帰ったらお風呂につかろう。

時は進み、私はお風呂に入っていた。湯加減を間違えた。

その時私は思った。Zさんは何て自分のことが大事なんだろうと。

これはあくまで私の持論だが、Zさんが語りかけていたような言葉は全部、自分がかわいくて仕方ないと言っているようなものだ。簡単に説明すると

私たちは時間を過ぎても頑張って働いている。先輩によく思われたいからね。そしたら可愛がってもらえるかしら。うふふ。

よくわからない。ごめん。

ただ、伝えたかったこととしては

「自分のことが大事で、自分自身の体裁を守るために動くことしか出来ない。だから古い常識の範囲内でしか、頭が働かないのだと。」

3. 時代は変わる。常識も変わる。 

私は思う。

常識なんて、あってないようなものだと。

昔の人が生きやすいように作られた常識に洗脳されている人が多すぎると。

もしかしたら私も洗脳されているのかもしれない。いやされている部分もあるだろう。

だけど時々、違和感を覚えるのだ。他の人だって同じはずだ。

時代は変わる。その中で育ってきた人たちは必ず昔の人たちとの違和感を感じられる。 なのにそれが当たり前だと思い込んで生きる。

そのほうが楽だからだ。

人任せにできて楽だから、間違った常識を受け入れる。

時代も常識も変わろうとしている。変わらないのは人間のほうだと気づいた時にはもう遅いだろう。

4.終わらない物語

このお話はここで終わらせようと思う。

けど、一生終わらないだろう。

人類が滅亡するまでは。

このお話はフィクションです。そういうことにしておきましょう。

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