「優しくできる」人間になりたくて。

頑張らないブログ

僕は優しくない。

マジで優しくない。

 

と思っているんだけど

そもそもの話、「優しさ」と言うものが曖昧すぎる。

何を持って優しいのかすらも分からなくなってきた。

 

どうみたって向こうが悪い場合であっても、丁寧に親切にするのが優しさなのか。

その人を傷つけないようにするのが優しさなのか。

しっかりと思った事を伝えるのが優しさなのか。

自分より弱い人たちを助けてあげるのが優しさなのか。

自分よりも弱いとか言うと、「お前何様なんだ」とか言ってくる人が出てくるけど今回はそう言う意味じゃないの分かってね。

 

考え出したらキリがない。

冒頭で「僕は優しくない」と言ったが

その理由は、僕が殆どの人に対して無関心だからだ。

 

 

***

 

 

「無関心」といえば

マザーテレサの名言が思い浮かぶが、まさにそれである。

 

好きでも嫌いでも無く、興味が湧かない。

興味は湧くかもしれないけど、どうでもいい。笑

趣味は人間観察だが、その後観察した人と仲良くなる気など一切ない。

仲良くなりたい場合は別ね

 

でもたま〜に、

あ、コイツむかつくな」と思うこともある。

無関心よりか、幾分かマシなのかもしれない。

 

だけど僕は

誰かにムカつく自分が嫌なのだ。

「心もっと広く持とうぜ、自分」と思ってしまう。

 

心が広い、器が大きい人間というのは

見てきたもの」や「経験してきた事」が沢山あるから

どんな人に対しても許容する事ができる。

無関心では無く、受け入れられるのだ。

 

 

***

 

 

受け入れられる心の持ち主だから

相手の立場になって物事を考えられる。

「何でこの人の言動は〇〇なのか」と考えられるのだ。

 

だからそこに負の感情は起こらない。と思っている。知らんけど。

 

そこが僕の理想なんだけど

まだまだ程遠い場所にいる。

 

この考え方でいけば

優しさ」とは「どれだけ多くの人の立場を理解できるか」なのかもしれない。

すなわち「器の大きさ」とも近いような気もする。

 

その辺りを身につける為には

普段から色んな人の立場になって考えたり

生きている間に出来るだけ沢山の経験をする必要がある。

そうなると日本一周とか、かなり自分の事を成長させてくれそうな気がする。

 

 

***

 

 

「何でそれをするのか?」

僕がいっつも大切だと言ってるけど、

思い返してみれば後付けばかりだ。

 

結果はどうであれ

自分自身がどう捉えて、どう消化するか。

きっとこれが1番重要なのだろう。

日本一周だってそうだ。

 

だからこそ

毎日を同じように過ごしてるだけじゃなくて

日々感じるものに身を委ねたり、問いかけてみたり。

 

そんな繰り返しをした後に

優しくなれるのかもしれないなぁと。

そんな事をふと思った、1日でした。

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